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EXPERT INTERVIEW

達人案内 きのこ・粘菌写真家 新井文彦さん

森の見方が変わるかも?
きのこが教えてくれること

from 北海道釧路市阿寒町

SHORT TRIP Guides - 北海道の小さな旅ガイド edited by コロカル
SHORT TRIP Guides - 北海道の小さな旅ガイド edited by コロカル

北海道の知られざる魅力を、その道の達人たちに聞きます。
第1回目はきのこ・粘菌写真家 新井文彦さんに、
きのこや粘菌がすむ、道東の森の歩き方を教えてもらいました。

原生林にすみつく、奇妙で美しい生物とは

むした倒木に凛とした姿をみせるのは、クヌギタケの仲間のきのこ。木漏れ日がスポットライトのようです。

「近づいて見てみてください。ここに粘菌がいますよ」
森の倒木をひと目見て、きのこ・粘菌写真家新井文彦さんは白い粒が集まった部分を指差します。ルーペ越しには、半透明の筒状をした姿が美しく並ぶ、初めて見る粘菌の世界が広がっていました。

これが、阿寒で出会った初粘菌。〈ツエダナシノホコリ〉は木の枝のような子実体(胞子を飛ばす生殖器官)の表面に多数の胞子をつけます。よくよく見ると半透明。

道東、釧路空港から車で約1時間。山々に囲まれ温泉が沸きたつ阿寒湖のまわりは、国立公園であり私有地でもある特殊な地域で、原始のままの森が残る全国でも貴重な土地です。

阿寒ネイチャーセンターの役員でネイチャーガイドでもある新井文彦さんは、阿寒の森に魅せられ目下活躍中の〈きのこ・粘菌写真家〉。森歩きのなかに“阿寒ならではのきのこと粘菌”という視点を織り込んだマニアックなガイドが、じわじわと人気を呼んでいます。

あまり聞き慣れない“粘菌”とは、いったい何なのでしょうか?
粘菌、または変形菌とも呼ばれ、"動物的”性質を持ちながら、胞子を放出して繁殖するという“菌類的”性質をあわせもつ、不思議な生物です。『風の谷のナウシカ』コミック版の作中に物語の軸として登場しているほか、知の巨人と呼ばれる南方熊楠が生涯を捧げて研究したことでも知られる存在です。

群馬県出身の新井さんは、もともと東京で広告代理店に勤務していました。退職しオーストラリアで1年暮らして帰国したのち1995年、たまたま新聞の求人広告を2回も見かけたことをきっかけに、北海道帯広市にある新聞社へIターン就職。6年間コピーライターとして腕を振るったのち、2000年、フリーのコピーライター・ライターとして独立します。

昔から山歩きが好きだった新井さん、新聞社にいた頃、日高山脈の伝説的山岳ガイド安井幸紀さんの取材に訪れ、すっかり意気投合します。その後、安井さんがガイドを引退して立ち上げた阿寒ネイチャーセンターに協賛したことで、阿寒の森に縁が生まれました。

「それまで阿寒はいわゆる“観光地”としか見ていなかったので、いつも通り過ぎていた場所。フリーになって時間ができたので通い詰めてみると、阿寒は想像以上に豊かで美しい森だったんです」

観光客が集う阿寒湖温泉街近くから見た阿寒湖。さらに一歩踏み込んで周辺の森へ入ると、新たな魅力に気づくことができるのです。

こうして新井さんはコピーライター業のかたわら、夏場は阿寒のネイチャーガイドも行うことになり、2005年から阿寒に軸足を置きます。

緯度が高く夏の短い阿寒では高山植物の見頃が短いことから、夏から秋の終わりまであちこちで見かけるきのこに照準をあてたガイドを始めると、お客さんに大好評。新井さん自身も、次第に阿寒の森で出会うきのこの魅力に引きつけられていきます。

「面白いので、きのこの写真を撮り始めてみたらどんどん好きになって、すっかりはまってしまったんです。背景になる阿寒の原生林も美しく、撮っていて飽きることがない」

森の中でひときわ存在感を放つ〈ハナビラダクリオキン〉。ゼラチン質でキクラゲ的なさわりごこち。

さらに、きのこをじっと見ていると、隣に白っぽいものや、小さなきのこ状のものがあることに気がついた新井さんは、友人に教わって、それが粘菌だと知ったそうです。
「きのこから粘菌へ、という流れですね」

夏の間は阿寒湖に来てガイドとともに毎日早朝からきのこ・粘菌写真撮影にいそしみ、春と秋にあわせてひと月ほど東北に滞在。冬の間は群馬で本の執筆などをこなすという、ユニークかつアクティブなサイクルで1年を過ごしているそう。「ここ20年ほど、ストレスとは無縁の生活をしています」と気持ちのいい笑顔を見せる新井さん。

「糸井重里さんの『ほぼ日刊イトイ新聞』できのこの連載をしているので、それを読んだ方からガイドのご依頼をいただくことがときどきあるんです。そういう方にはディープなきのこツアーをしていますよ(笑)」

まさか、森のきのこが
こんなに美しいとは

私たちも、新井さんを虜にしたきのこや粘菌たちに出会うべく、さっそく新井さんのガイドのもと、阿寒湖東部の森歩きツアーへと出発。阿寒湖からの水がやがて太平洋へと注ぐ阿寒川の源流へ向かいます。車から降りてほんの数分で、呼吸するのがうれしくなるほど濃い緑の香りが漂う原生林の森へと入ってゆきます。

川に沿って、まれに釣り人が歩くというけもの道(クマやシカの道でもある!)をすすみながら、まず、きのこと粘菌のそもそもの違いを新井さんに訊ねてみました。

清流に架かる橋からの風景は身も心もあらわれるみずみずしさ。

「大きな違いは、きのこはカビなどと同じ菌類、粘菌はアメーバ動物の一種だということ。繁殖するときに子実体を形成して胞子を飛ばすという方法は同じですが、きのこは細胞でできているので数日で腐り、粘菌は状態がよければ腐らず何か月も胞子を撒き続けることができます。そして、我々が見ている部分は、きのこや粘菌の一部である生殖器官なわけです。実は本体は木や土の中にあるので、本質は見えていなくて、目立つところが注目されてしまう」

人間にとっても身につまされるお話に、聞き入ってしまいます。

こんな倒木の裏に隠れていたのは……。

粘菌の〈マメホコリ〉の成熟した子実体。未熟な状態ではピンク色。表面が崩れて露出すると中の胞子が風に乗って飛んでいきます。

きのこは倒木の種類や状態に好みがあり、水辺で針葉樹と広葉樹が入り交じるこの森は、多種多様なきのこや粘菌に出会える、またとないスポットなのです。

新井さんに教わりながら倒木をじっくりと眺めると、あちこちにきのこや粘菌がいることに気づきはじめます。コケや地衣類の中にひっそり佇む可憐な〈ヒナノヒガサ〉や、倒木に食い込んだ粘菌の〈フンホコリ〉の子実体は分厚い茶色のフェルトのよう。色、形、佇まい。ひとつひとつのきのこや粘菌の、なんと個性豊かなこと!

緑に被われた倒木を近くで見ると……。

いたのは、愛らしい〈ヒナノヒガサ〉。これ、実は毒きのこ。周りにツンツンと出ているのはコケの一種で、胞子を飛ばすと先端のフタがとれるしくみ。苗床の倒木には視認できるだけでも数種類のコケも生えていて、まるで小さな森。

「きのこを見ていると“きのこ目”というのができあがるんです。まちでも森でも、歩いているときのこが目につき始める。きのこ目を習得すると人生が楽しくなりますよ。コツは、見て見て見まくること!トライ&エラーできのこ目が鍛えられます」

菌類が藻類と共生関係を結んだ地衣類やコケにおおわれた倒木を手で押してみると、ふわふわなほど分解が進んでいました。

このきのこはコロカルスタッフもわかりました。思わずiPhoneで撮影したくなるかわいさ。

森歩きは、頭の中のものさしを
忘れるひととき

新井さん、森の中できのこや粘菌は分解役なのでしょうか。
「主にはそうですが、自然って、基本的には人間の思惑には当てはまらない存在。人間は頭で考えるから役割や効率を求めるけど、自然ではそれぞれがバラバラに生きているだけで、生態系のシステムが完成しているんです。それに気づくと、自然がもっと面白くなりますよ」

ただの木片に見えますが、なんとこれもきのこ!じきに耳かきの先ほどのきのこがたくさん出てくるという〈ロクショウグサレキン〉。緑青というだけあり、これを使って染物をするととても上品な青に染まるそう。

倒木を分解するきのこだけでなく、木と根っこでつながって栄養をやりとりするきのこもいます。
「栄養だけでなく、情報までやりとりしているという説もあり、地中に菌根菌ネットワークが広がっていて、きのこ同士・木同士で情報をやりとりしているとか。森はきのこでみんなつながっているのかもしれません」

目に見えないきのこネットワークが走っている……と思うと、今歩いている森の見え方が変わってくるから不思議です。

赤く輝くきのこはレイシ(霊芝)ともよばれる〈マンネンタケ〉。切り取って乾燥させると置物のように何年でももつのがその由来。

「きのこを意識すると、きのこの目線から自然を見ることができるんです。たとえば、時間の考え方が切り替えられたり、視点が変わったりする。今まで見ていなかったものを自分で気づいて見つけるという楽しみこそが、きのこの教えてくれることなんです」

深い森の中、きのこに出会いじっくりと向き合うことで、より自然の目線に近づけるはず。

「森って、一週間くらいしか生きられない昆虫もいるし、何百年も生きている木もいる。生物それぞれの固有のサイクルがあるんです。人間の頭の中で考えることをどれだけ忘れられるかが、きのこや粘菌の住む森を楽しむコツですね」

きのこや粘菌に導かれながら、自然が織りなす悠久の時間に身を委ねる。阿寒には、そんな新しい旅が待っています。

Profile

新井 文彦(あらい ふみひこ)

きのこ・粘菌写真家。ライター業、コピーライター業も営む。夏から秋にかけては、北海道・道東地方をメインフィールドにアウトドア系ガイド業にもいそしむ。阿寒周辺の森と、日高山脈をこよなく愛する。『ほぼ日刊イトイ新聞』にて毎週菌(金)曜日、「きのこの話」を連載中。2016年10月に新たなきのこの本を上梓予定。著書に『粘菌生活のススメ』(誠文堂新光社)、『きのこのき きになるきのこのきほんのほん』(文一総合出版)など。http://ukigumoclub.com/

photo:yayoi arimoto text:akiko yamamoto

※北海道の森にはヒグマが多く生息しています。森に入るときは、必ずクマ鈴を身につけていきましょう。

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