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【ドライブよりみち旅企画】 北前船の道をゆく(PART2:北北海道編) 日本海オロロンラインさいはてドライブの旅。(前編)

前回の「PART1:南北海道編」では、北前船の最大寄港地・江差を経て松前までを目指し、日本海追分ソーランラインをひたすら南下する旅でしたが、今回は北上です。北前船はいったい、どこまで行ったのか?今回は石狩から天塩までの国道231号・232号および稚内までの道道106号からなる「日本海オロロンライン」をたどります。“オロロン”とは、天売島に棲む海鳥であるオロロン鳥(ウミガラスの別名)のこと。「オルルーン、オルルーン」という鳴き声から、そう呼ばれるようになったとか。それではこちらも、「ブルルーン、ブルルーン」とエンジンを掛け、日本最北端を目指すさいはてドライブの旅へと出発しましょう。

サロベツ原野から稚内への道

<今回ご紹介するルート>

石狩をスタートし、厚田、浜益、増毛、留萌、小平、苫前、天塩を経由し、稚内・宗谷岬へと至るルート。およそ300キロメートルにおよぶ海岸沿いのドライブコースです。

 

日本最北端の地を目指し、母なる川の流れる石狩からスタート。

今回の出発地に選んだのは石狩です。北海道の母なる川・石狩川の河口には、早くも慶長年間(1596年~1615年)に松前藩による交易拠点「石狩場所」が設けられました。石狩灯台が海を見据える「はまなすの丘公園」は、6月中旬から7月にかけてハマナスが咲き乱れる最高のシーズン!ハマヒルガオ、イソスミレなどの海浜植物も数多く見られます。

当時の石狩場所の運上屋が再現されている「弁天歴史公園」。園内には、1694年(元禄7年)の創建と伝えられる「石狩弁天社」があります。1858年(安政5年)、松浦武四郎が来訪した際には「川端に弁天社あり。社殿美々敷立たり」と日記に書き残すほどの神々しさだったようです。

この神社には、なんと!江戸時代に北前船で運ばれ奉納された物が数多く残っていると聞きます。この狛犬は、越前から運ばれた笏谷石(しゃくだにいし)でつくられたとか。

北前船が残した貴重な痕跡を確認したあとは、石狩川の主でもある妙亀法鮫像に旅の安全を祈願して、北へ向かってスタートです。

厚田の道の駅にある、北前船とニシン漁のジオラマは必見!

田園地帯を走り抜け長い坂道を上り切ると、大型風車と暑寒別の山々、厚田港までが見渡せるまるで絵のような丘陵風景がひろがります。望来です。

その先にあるのが、厚田区古潭港。港へ下りてみると、ありました、ありました、「弁財船投錨地」の碑。弁財船とは北前船のこと。近くに「厚田村発祥之地」の碑もあることから、北前船の往来とともに拓けていった厚田の歴史を想像することができます。

 

「道の駅石狩 あいろーど厚田」はこの春にオープンしたばかり。2階には北前船とニシン漁をテーマにしたジオラマが展示されています。鰊場での作業風景がリアルに表現されており、じつに見事な出来ばえ!必見すること超おすすめです。

石狩や厚田、小樽に北前船が来航するようになったのは、幕府の蝦夷地直轄により松前藩の道南三港(江差・松前・箱館)以北への航行禁止が終了した1855年(安政2年)以降。最盛期は明治に入ってからなのです。

厚田漁港を後にして、クルマは浜益へと向かいます。

そろそろお昼なので、浜益温泉の食堂でランチにしましょう。

毎度おなじみ、ニシン蕎麦。おにぎりとセットでいただきます!

陸の孤島とは、まさにここ。雄冬岬の断崖に目がくらみそう。

切り立った崖が見えてきました。クルマは雄冬岬に差しかかります。

展望台へ行ってみましょう。途中からは階段で上ることになります。

マムシが出るとのことなので、足元には十分ご注意を!

なかなか手強い階段です。ガンバって上りましょう。

下を見ると思わず足がすくみます。雄冬の町と漁港が見渡せます。

この一帯は厳しい断崖絶壁の中に位置しており、道路が未整備だったため、交通手段は1日1往復していた増毛―雄冬間の定期航路のみ。長い間「陸の孤島」と呼ばれていた時代があったそうなのです。

 

 

 

(後編へ続く)

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