丁寧なお料理と温泉に癒される
粉雪が降りしきる旭岳の麓、〈旭岳ロープウェイ〉へ続く道のり。旭川空港から車で約50分、〈湯元 湧駒荘〉の看板を右折すると、雪化粧の木々に包まれた立派な山荘風の建物が見えてきます。
雪深い山の中、宿の入り口にともるあたたかな光が旅人を迎えます。
大雪山国立公園の大自然にすっぽりと覆われた湧駒荘は、かつて〈ユコマンベツ温泉〉と呼ばれた〈旭岳温泉〉で最も古い歴史をもち、5種類の源泉を100%かけ流しで楽しめる、まさに秘境の温泉宿です。
宿の入り口にはウェルカムドリンクならぬ、自由に飲める湧水〈湧駒水〉が。ほのかに甘く澄んだ清水は体に染み込むよう。
館内で使われる水は、〈湧駒水〉と呼ばれる清らかな湧水。厳しくも美しい自然が多くの人を惹きつけてやまない旭岳がたくわえたミネラルたっぷりの地下水は、毎分3000リットルもの勢いで湧駒荘そばに湧き出ています。
広く重厚感あるロビーに飾られたスノーシューは無料で借りられるので、スタッフに問い合わせてみて。旭川の久保木工特製、六角形の板が置かれた床は、歩くたびにカラコロと板がぶつかり合う愛らしい音が。
滞在の間のお楽しみは、すべて源泉かけ流しを味わえる3つの湯めぐり。湧駒荘ならではの5種類の源泉を、17もの浴槽で心ゆくまで堪能できます。まずは、宿泊者専用の本館〈ユコマンの湯〉と〈シコロの湯〉へ。このふたつは21時に男女入れ替えとなるので、時間帯のチェックも忘れずに。本館の露天風呂は夏季のみ解放しています。
5つの源泉すべてが引かれた歴史あるユコマンの湯。あふれたお湯の形に削れた床も風情たっぷり。
唯一、創業当時の姿をとどめたユコマンの湯で目に飛び込んでくるのは、迫力に満ち野趣あふれる自然岩。この浴場は、岩の間から湧き出てくる源泉の上に建てられたという、独特なつくりなのです。
すべての源泉を直に体感してほしいという思いから、お湯は一切加温・加水なし。そのため季節によって湯温や湯量が変わり、冷え込みが厳しく渇水期にあたる冬はぬる湯の浴槽が多くなります。大自然そのものの力を味わいながら、じっくりと長湯するのがおすすめ。
木の風合いが生きたシコロの湯。同じ木の浴槽が、温泉の成分によって全く異なる色に変化しています。
次は隣にあるシコロの湯へ。“シコロ”とは〈キハダ〉という樹種のことで、薬効のあるこの木は胃腸に効く漢方薬としても知られています。立派なシコロの木でつくられた浴槽で豊かにかけ流されるお湯に身をゆだねるのは、格別の贅沢。
湧駒荘には全国的にも珍しいホウ酸塩素を有する〈硫化塩泉〉が湧き、目薬の湯として古くから珍重されています。泉質も肌なじみも異なる浴槽を回って、お気に入りの湯を探してみましょう。
丸太でつくられた素朴な椅子が愛らしい喫茶コーナー。
湯上りにちょっと休憩するなら、ユコマンの湯・シコロの湯の入り口そばにある、レトロな喫茶コーナーへ。宿泊者専用のこの一角では、湧駒水をはじめ、コーヒーやハーブティーを自由にいただくことができます。昼は明るい光が差し込み、夜はムードたっぷりな空間でゆっくりと過ごすひとときを。
立派な木材を使用したテーブル。館内で出合う、時を味わいに変えていく木製品にも注目してみて。
湯巡りのあとは、広々とした食堂でいただく湧駒荘のお食事が待っています。雪に閉ざされた冬山にあって、湧駒荘の夕食〈遊食膳〉は品数豊富なフルコース。赤坂の料亭〈津やま〉や石川県の和倉温泉〈加賀屋〉で計6年間修業を積んだ料理長 竹内崇さんが腕によりをかけ、素材やだしを駆使した和食を楽しむことができます。
「冬は種類が限られますが、北海道の大自然を感じられる食材そのもののよさを、遊び心とちょっとした工夫で引きだすことを心がけています」
竹内料理長はそう語ってくれました。
「雲子の卵とじ紅葉子あんかけ」は、やさしいだしの味わいにぷりぷりのタチ(白子)がとろりと絡みます。
「蝦夷アワビの塩釜焼き」。塩の壁を割ると、昆布に包まれたジューシーなアワビが。(photo:湧駒荘)
箸休めは、なんと湧水ゼリー! 添えられた黒みつなしでまずはひと口いただいてみて。社長のアイデアをもとに試作を重ねて生まれた、ここだけの“水を食べる”貴重な体験です。
鮭の味噌鍋がベースの石狩鍋を豪華にアレンジ。
遊食膳のデザートで人気の〈白い珈琲ぷりん〉(300円)や、朝食に登場する〈行者にんにくのソーセージ〉(750円)は湧駒荘オリジナル商品。お土産用に、ロビー横の売店でも取り扱っています。
ハーフバイキング形式の湧駒荘の朝食には〈究極の卵かけごはん〉をぜひ。自家製燻製醤油をたらすと味の奥行きが増して、おかわり必至のおいしさ。
雪景色を眺めながら朝食が楽しめる1階の食堂〈大雪〉。
館内や客室に置かれている調度品はそのほとんどが、今はない、旭川でつくられた北海道民芸家具の〈和光〉にオーダーメイドしたもの。手仕事の温かみとともに、洗練された焦げ茶色の木の質感が、落ち着ける空間をつくりだしています。
木のぬくもり感じる客室。以前の建物から引き継がれた床の間の柱が趣を添えています。客室それぞれの名前は北海道ならではの野の花や木からつけられたもの。
お部屋でくつろいだあとは、もうひとつの温泉、日帰り入浴のお客さんも訪れる別棟の〈神々の湯〉へ。この棟の地下にあるかけ流しで溢れたお湯の配当熱を利用した熱交換ヒートポンプで、床暖房と給湯とがまかなわれています。
ユコマンの湯・シコロの湯の露天風呂は冬季、積雪のため閉鎖されますが、ここ神々の湯の露天風呂は唯一加温され、年間を通して入ることができます。パウダースノーが舞う雪見風呂は、きっと思い出に残る体験になるはず。
神殿のように天井が高く開放感に満ちた神々の湯。日帰り入浴のお客さんに対応するため、1階は宴会場、2階は客室だった建物を温泉につくり変えたのだそう。
「温泉旅館は日本人の心のふるさと。その文化を守っていきたいんです」
そう力を込めて語ってくれたのは、湧駒荘社長の竹内隆治さんです。湧駒荘の歴史は遡ること1934年、東川に住む木材屋が造材小屋兼仮湯小屋を建てたことに始まり、1950年に温泉宿として現在の場所に開業しました。その後1995年、旭川でフランス料理店など飲食店を経営していた竹内社長のもとに、湧駒荘閉業の情報が届きます。
「気になって訪れてみたら、建物が傷んで朽ちかけた状態だったので、初めはあきらめました。ただ、自然に水とお湯が湧き出ていることや、国立公園という希少な環境から、“ここで素晴らしいことができるんじゃないだろうか?”という思いが湧いてきたんです」
そして1997年、湧駒荘は木のぬくもりとともに豊かな温泉と湧水を味わえる温泉宿として、新しく生まれ変わります。
ロビーの壁には、かつての湧駒荘の歴史が垣間見られる写真も。
館内5階には、竹内社長の娘で、ソチオリンピックで銀メダルを獲得したスノーボーダー竹内智香さんのギャラリーが。4回のオリンピック経験の活動の軌跡をたどる、見ごたえある展示です。
竹内社長の思いは温泉、食事、建物やスタッフにも行き届き、あたたかいおもてなしで訪れる方を迎えています。
年間降雪量が45メートルを超えるという旭岳の美しい雪が、湧水や温泉という豊かな恵みとなって湧き出す湧駒荘。自然のいとなみに寄り添い、五感で感じる冬の滞在を満喫してみませんか。
漆喰の壁が心地いいロビーのシンボル、宿を建設する時に出た鉄平石の暖炉も竹内隆治社長のアイデア。あたたかなお人柄で挑戦を続ける竹内社長、その経営哲学は「ギブアップしないこと。諦めたらその時終わりですから」。