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EXPERT INTERVIEW

達人案内 作家 池澤夏樹さん

土地の歴史、気候風土を知り、
見える新たな風景とは。

from 日高郡、函館、十勝平野 etc.

SHORT TRIP Guides - 北海道の小さな旅ガイド edited by コロカル
SHORT TRIP Guides - 北海道の小さな旅ガイド edited by コロカル

北海道の知られざる魅力を、その道の達人たちに聞きます。
第3回目は作家の池澤夏樹さんに、旅をしながら小説を描く自身の経験を交えて
旅と本の関係、北海道を舞台にしたおすすめの本も教えてもらいました。

界中を旅しながら、小説やエッセイ、紀行文、評論を発表するとともに、翻訳や、文学全集の個人編集を手がけるなど幅広く精力的な活動を続けている、日本を代表する作家、池澤夏樹さん。1984年に作家活動を始めて『スティル・ライフ』で1988年に芥川賞を受賞。執筆した作品は膨大な数にのぼり、伊藤整文学賞をはじめ数々の賞を受賞しています。

池澤さんは北海道の東、広大な十勝平野の中心にあたる帯広に生まれ、6歳までを過ごします。その後は東京、ギリシャ、沖縄、フランスへ住まいを転々と移し、2009年より札幌に住んでいます。

知的で穏やかな雰囲気をまとい、丁寧に言葉を選びながら、その知識や記憶のさまざまな引き出しを開けてくれた池澤夏樹さん。

世界を旅した池澤さん、北海道の魅力とは?

池澤さんは、自身のルーツとともに北海道の歴史と風土に根ざした長編小説『静かな大地』(朝日文庫)をはじめ、ゆかりある土地を舞台にした作品を多く手がけてきました。

世界を巡る旅人としても知られる池澤さんは、27歳のときに初めて海外への旅を経験して以来、さまざまな国を旅しています。著書の中には、大英博物館で心ひかれた展示物の起源をたどるため、それが出土した土地へと旅した記録『パレオマニア—大英博物館からの13の旅』(集英社インターナショナル)というユニークな紀行文を手がけているほど。

「友人にすすめられて、偶然、ミクロネシアを旅したのが始まりでした。そのときは飛行機に乗るのも、海外旅行自体も初めて。当時僕は、高度経済成長期の日本と折り合いが悪くて、居心地が良くなかったんです。そんなときに南の小さな島を訪れてみたら、日本にはない解放感を味わえました。そこから、旅にはまってしまったんです」

ある土地に住み暮らすことも、旅の延長上にあると池澤さんは語ります。国境や距離を軽やかに飛び越えて住まいを移しながら、そのたびに土地と深く向き合いながら暮らしてきました。そのことを自ら「移動の道楽に身をやつしている」と語ります。

「僕は引っ越しが好きで、ひとつの家に6年以上暮らしたことがないんです。移住する最初のきっかけは、旅で知らない土地を訪れて、なんとなく縁があって同じところに何度も行くうちに“ここはどういうところなのか”をもっと知りたくなるということ。“その土地を知りたい”という思いが、僕にとって一番強い欲望なんです」

札幌の〈中島公園〉から見上げる空。訪れた10月下旬、公園にはひんやりと澄み切った空気が流れていました。

池澤さんは、フランスで5年暮らしたのち2009年、日本へ帰ろうと思い立ちます。年齢を重ねたので郷里に近いところをと考え、フランスで暮らしたフォンテーヌブローの冷涼で乾いた空気感に似ている北海道に戻ることを決めたのだそう。郷里の帯広ではなく札幌を選んだ理由は、空港が近く、移動も多い仕事のうえでより便利だったことがその理由でした。

どこまでも広がる空と、まっすぐな道。それは、池澤さんにとっての原風景でもあり、北海道のもつ魅力のひとつでもあると話してくれました。

「北海道の風景は広くてガランとしているので、その中にいるとなかなかいい気持ちなんですよ。特に僕の生まれた帯広は山が遥かに遠く、そこまではずっと平らだという気持ちよさがある。20キロもまっすぐに続く道があるくらいですから」

もうひとつの魅力であり、北海道の特色とも言えるのが、この地に住む日本人の歴史が浅いということ。

「北海道には日本人、つまり和人が入植してまだ150年しか歴史がないので、そういう意味でもガランとしています。本州のあちこちから人が入ってきたため文化が混ざっていて、固有の土地の性格というのがあまり出てこない。慣習に執着しないし、慣習そのものがないんです。だから人の気質も本州と比べてどこかサバサバしていますね」

一方で、そうした日本文化と一線を画するのが、長く北海道に暮らし、その自然を知り生かしてきたアイヌ民族の存在です。のちのページで詳しくふれますが、2003年に刊行された小説『静かな大地』は、池澤さん自身のルーツである、淡路島から北海道の静内(現・新ひだか町)へ入植した曽祖父とその兄がモデルとなった物語。アイヌ民族とともに牧場経営に乗り出す才気あふれる兄弟の挑戦と挫折を、歴史的事実にフィクションを交えて描き出した渾身の作品です。

静内にほどちかい丘で出会った若い馬たち。好奇心が強くひとなつっこい。

北海道とアイヌ文化

「『静かな大地』にはもともと、僕が親や親戚から聞かされてきた昔話がベースにありました。『我が家は昔、牧場を経営していて、いっときお金持ちでね』といった話から、その兄弟にまつわるさまざまなエピソードが伝えられていたので、こんないい物語の下地をもらったのだから、いずれ実力が身についてから小説にしようと構想を温めていたんです」

10年以上の構想を経て執筆された『静かな大地』は、池澤さん自身がたびたび静内を訪れて調査や聞き取りを進め、静内の土地を体感しながら紡がれていきました。
物語のなかで重要な位置を占めるのが、厳しくも豊かな北海道の自然とともに暮らしていたアイヌの人々です。

開拓のための入植者をはじめ、当時の明治政府や松前藩がアイヌ民族を未開の人々と見て接していたことについて、それは北海道の気候風土を知らなかったためと指摘します。

「アイヌの人々は土地に合った、非常に合理的な生き方をしていました。開拓民として移住してきた、物語の主役となる宗形三郎と志郎の幼い兄弟は、先入観を持たずにアイヌ民族の側へ歩み寄り、ともに成長し、彼らから土地を学んでいく。物語の中ではユーカラなどの伝承や、食生活、儀式といった、自然に寄り添って生きていたアイヌの人々の暮らしも描いています」

幕末から昭和にかけて、激動の北海道を舞台に、先住民としてのアイヌの人々の思いと開拓民たちの思いをそれぞれの立場から浮かび上がらせ、大切な歴史を教えてくれる作品です。

日高地方の丘の上から太平洋を望む。空と海の広さを体感できます。

また、彼らアイヌ民族の文化が今に伝えるもののひとつに、特徴的な美しい響きをもつアイヌ語地名があります。北海道内のいたるところにある、一見して判読できない地名は、調べてみるとその土地の姿をあらわす記号そのもの。そんな地名との出会いは北海道を旅するひとつの楽しみにもなるはずです。

「地名とは生活そのものであり、人と自然をつなぐ大事なもの。“昨日あそこに行ったら鹿がたくさんいたよ”というのを誰かに教えるために、その“あそこ”に名前をつけたのが始まりでしょう。例えば静内から少し先の浦河へ行く途中に“ウラ”という地名があるんですが、アイヌ語では『霧』という意味で、そこを通るとき、霧が本当によく出るんですよ」

旅と本の関係は

作家活動の中で、世界を土地に根づく文化の側から眺め、文明社会を鋭く見据えてきた池澤さん。土地の歴史をひもとくとき、勝者の目線からではなく、記録に残されていない人々の目線から掘り下げて伝えていきたいという思いがあると語ります。

「でき上がった定説としての歴史をもう一度違う視点で見直すと、そこには、実は知らなかったことや、おもしろいことが隠れているんです」

だから、事実にもとづいた緻密な下調べから始まることが多いのだそう。現地の方への取材はもちろん、行く先々でその土地に関する本を探して手に入れるという池澤さんは、旅先での本との出会いには貪欲だと話してくれました。

「旅に持っていくのは、ガイドブック。『ロンリープラネット』が1冊あれば大抵のことはわかります。実は小説などの本は持っていかないことが多い。というのは、旅ってそれ自体が自分の体験しているひとつのフィクションみたいなものでしょう。そこに別のフィクションを重ねるのは、どうも旅が濁るような気もするんです。もちろん、古本市など現地でしか出合えない本もあるので、それも旅として楽しんでいます」

旅をするとき、本を通してさまざまな視点から土地の歴史を知ることや、実際に訪れた先で残る文化や伝承に触れることから、見えてくる風景が変わるかもしれません。
北海道独自の歴史文化を知ることができる本も多数あり、それらが一覧できる場所が札幌にある〈北海道立文学館〉です。

木々に囲まれた大きな池をいだく札幌都心のオアシス、中島公園の東側にある北海道立文学館。

札幌に戻って5年を迎えた2014年、池澤さんは、北海道立文学館の館長に就任しました。現在は企画に携わるほか、2016年11月現在も刊行中で、池澤さんが個人編集をつとめる『日本文学全集』(河出書房新社)の刊行に合わせてほぼ月に1度、文学館で記念講演会を行っています。(予約制なので、詳しくは文学館にお問い合わせを)

札幌の都心にひろがる自然豊かな〈中島公園〉の東側に位置する北海道立文学館。企画で行われる特別展のほか、常設展は“北海道の文学”と題し、北海道にかかわる幅広い分野の作家と文学作品、生の原稿などが多数展示され、見ごたえもたっぷり。北海道文学の変遷を、時代ごとにじっくりとたどることができます。旅の合間に立ち寄れば、また違った北海道のまちの魅力を知ることができるでしょう。

北海道立文学館の常設展。アイヌ文学から始まり北海道独自の文学を伝えています。小説家から、詩人、俳人、歌人、柳人、絵本作家などが紹介され、古くからある北海道内の同人誌まで網羅。大きな窓から公園の木々を望む開放感のあるロビーでは、休憩スペース兼軽食コーナーも。

4歳から26歳までを小樽で暮らした、プロレタリア文学を代表する作家、小林多喜二の著作コーナー。美しい装丁や個性あふれるフォントも見どころのひとつ。

おわりに、旅や暮らしのきっかけとなる土地との縁や、偶然の出会いを生かしてきた池澤さんに、その縁を見極めるポイントをうかがってみました。
「見極めたりしなくても、とらわれたら、それが縁じゃないかな。人生というものは結構、偶然で決まっていくものなんですよ」

旅人のように身軽なスタンスでありながら、北海道をはじめ、縁のある土地を独自の角度から深く真摯に捉える池澤さん。そのまなざしで土地のもつ肥沃さを見極め、そこからいくつもの作品という種を芽吹かせながら、豊かな恵みを読者へ届けてくれています。
気になる著作を手に取り、ひとたびページを開けば、きっとそこには新しい旅のきっかけが待っているはず。次のページからは、池澤さんおすすめの北海道にまつわる本をご紹介します。

Information

北海道立文学館

住所 北海道札幌市中央区中島公園1番4号

TEL 011−511−7655

開館時間 9:30〜17:00(展示室入場16:30まで)

休館日 月曜(祝日の場合は開館)、年末年始

入館料 常設展 一般500円/高校・大学生250円 特別展 展覧会による

駐車場 あり

Web http://www.h-bungaku.or.jp

Profile

池澤 夏樹(いけざわ なつき)

作家。1945年、北海道帯広市生まれ。小学校から後は東京育ち。30代の3年をギリシャで、4-50代の10年を沖縄で、60代の5年をフランスで過ごし、今は札幌在住。ギリシャ時代より詩と翻訳を起点に執筆活動に入る。1984年『夏の朝の成層圏』で長篇小説デビュー。1987年発表の『スティル・ライフ』で第98回芥川賞を受賞。『母なる自然のおっぱい』(読売文学賞)、『マシアス・ギリの失脚』(谷崎潤一郎賞)、『楽しい終末』(伊藤整文学賞)、『花を運ぶ妹』(毎日出版文化賞)、『静かな大地』(親鸞賞)など。自然と人間の関係について明晰な思索を重ね、数々の作品を生んでいる。
2014年より全著作の電子化プロジェクト「impala e-books」を開始。また「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」全30巻に続き、「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」全30巻の刊行を開始。http://www.impala.jp/

photo:yayoi arimoto text:akiko yamamoto

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