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【ドライブよりみち旅企画】 北前船の道をゆく(PART1:南北海道編) 日本海追分ソーランライン絶景ドライブの旅。(前編)

今年は北海道命名150年の年。1869年(明治2年)から数えてのことですが、今回スポットを当てたのは、その前史ともいえる時代――北前船による海上交易の全盛期。日本海が北海道と本州各地を結んだ流通大動脈だった時代です。今回はPART1:南北海道編として、「日本海追分ソーランライン」。日本海沿いに小樽から函館まで伸びている国道229号と228号の愛称です。奇岩や絶景あふれる海岸線がつづき、北海道の民謡「江差追分」と「ソーラン節」発祥の地がルート上にあることから名付けられました。北海道の歴史と伝統を感じられるロングロードを南下しながら、いにしえの航路に想いを馳せてみようではありませんか。

岩内から寿都への道

<今回ご紹介するルート>

岩内をスタートし、寿都、島牧、瀬棚、熊石、江差、上ノ国を経由し、松前に至るルート。およそ260キロメートルにおよぶ海沿いのドライブコースです。

荒海を越えた男たちの雄姿を偲び、いざ岩内からスタート。

今回の紹介ルートの出発地に選んだのは、岩内。厳密にいえば、南北海道ルートは小樽から始まるのですが、あまり堅苦しいことはイワナイ。ということで、岩内からスタートです。

ところで、一口に北前船と言うものの、ではいったい誰がそれを運航させていたのか?

(写真提供:小樽市総合博物館運河館)

 

その中心的な担い手となっていたのが、近江地方(現在の滋賀県)を出身地とする近江商人なのです。岩内の開基は、1751年(宝暦元年)。 近江商人の恵比須屋(岡田)弥三右衛門が岩内の交易場所を請け負ったことに始まります。その取引拠点となった「岩内場所運上屋本陣跡」が、岩内漁港の近くに残っています。

日本海の荒波を越え、遙か西日本の港まで海産物を満載した北前船を帆走させた男たちの雄姿を偲びつつ、さっそく日本海沿岸南下の旅をスタートさせましょう。

と言いつつ走りだしたものの、気になるお店が目に入ってしまったので、ちょっとだけ立ち寄ることをお許し願いたい。

そのお店とは、明治32年創業の「カネタ吉田蒲鉾店」。道産のスケトウダラを素材に魚本来の味を生かすため、熟練した職人が昔ながらの製法で丹念に造りあげています。

かまぼこコロッケを挟んだ「かまぼこバーガー」は、金土日祝のみ限定販売の人気メニュー!旅の前の腹ごしらえです。

 

カネタ吉田蒲鉾店

北海道岩内郡岩内町御崎1-5

TEL.0135-62-0245

営業時間9:00~17:00 水曜日休

http://www.kanetayoshida32.com

寿都への道は、奇岩と伝説の異界ロードか!?

愛車のウィンドウを半分ほど空け、潮風を感じつつ紺碧の日本海に見惚れながら走らせていると、次々と立ち現れてくるのは奇岩の数々!これは何やら曰く付きの伝説が潜んでいそう・・・・。

というところで弁慶トンネルを抜け、後方の山の上に見えるのが「弁慶の薪積岩」。弁慶が暖を取るため薪を切り、積んだ薪が化石となったと伝えられている奇岩。う~む、たしかにそう見えないこともない。

そのまま数分走って、海側の雷電岬の突端に見えてくるのが「弁慶の刀掛岩」。弁慶が、雷電峠で休息した際、岩をひねって大刀を置いたという伝説に由来するとか。それにしても、いくら弁慶が大男だとはいっても、これではとてつもない大巨人になってしまうのでは!?

鰊御殿で味わう、鰊蕎麦と釜揚げしらす丼は格別!

北側に大きく開けた美しい入り江が見えてきます。波は驚くほど穏やかで、吹き寄せる風がとても心地よい。カキやホタテの養殖で名高い寿都湾です。

寿都の開基は、1669年(寛文9年)。渡ってきた和人が集落を形成し、商場所(寿都場所)を開いたことに始まります。先ほどの岩内より82年ほど古く、時代を少し遡った感じとなります。

湾の奥まった辺りに建つ「カクジュウ佐藤家」の屋敷は風格ある代表的な漁場建築。なんと、源義経の家臣、佐藤継信の末裔が明治初期に建てたといいます。先ほどの弁慶岩はあくまでも伝説の域を出ないのですが、こちらは本物。現在でも人が住んでおり、ニシン場時代の資料や文献が大切に保管されています。

その先に建つのは「そば処鰊御殿」。じつはこの建物、明治初期にニシンで儲けた福井出身の商人・橋本与作が建てた「橋本家(旧鰊御殿)」の土蔵を改修したもの。

風情あふれる蔵の中で味わう、鰊蕎麦と釜揚げしらす丼は格別でありました。

 

 

 

御創祀380年の歴史を誇る「寿都神社」。寛永4年(1627年)、筑紫国(現在の福岡県)の弁天丸という北前船が寿都湾で座礁大破のあと無事救助されたことに感謝し、船中に祀っていた弁天神を海上安全の主神として奉斎したことに始まります。

5月初旬に満開となる境内まで続くソメイヨシノは、まさに絶景!明治の頃に往来した北前船の錨が記念碑とともに展示されていました。

弁慶岬を過ぎ、瀬棚への長~いドライブは続く。

寿都から島牧村へ向かう境に突き出ているのが、弁慶岬。大きくカーブする道の海側に弁慶伝説の真打ちとばかり待ち構えていたのが、日本海を背にして建つ「弁慶像」でした。

奥州を逃れた弁慶一行がこの地に渡り滞在していたとき、彼の舎弟ともいうべき常陸坊海尊が義経再挙の兵を募って蝦夷へ向かったという知らせを受けます。

弁慶は、毎日毎日、この岬の先端に立って海尊の到着を待っていましたが、水平線のどこを探しても、ついに軍団の船影を見ることはありませんでした。

そんな弁慶の姿を見ていたアイヌの人々が、いつしかここを「弁慶岬」と呼ぶようになった、と伝えられています。たしかに軍団は来なかったようですが、その400年の後、北前船の船団が大量に往き来するようになるとは、さすがの弁慶も想像できなかったことでしょう。

 

弁慶像に別れを告げ快調にクルマを走らせていると、左手に道南の最高峰・狩場山(1520メートル)の雄峰がぐんぐんと迫ってきます。

右手には満々と水を湛える北前の海。逆巻く波濤を乗り越えて帆走する当時の船影を思い浮かべつつ、日本海ロングドライブは続きます。

ここまで走ってきて気づいたのは、太平洋側の国道にあれほど多数設置されているオービスがまったく見当たらないこと。それだけクルマが少ないということなのでしょうが、かといって飛ばし過ぎは禁物です。めくるめく風景を楽しみながら、くれぐれも安全運転を心がけましょう。

 

(後編はコチラから)

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